真ん丸の心

学生スポーツにおける誤った勝負概念

子供に戦争の動画ばかり見せていると人を殺すようになるという。

では、学生スポーツにおいて、試合に勝つことだけを求めたらどうなるだろうか?

敗者は価値がない?

そもそも試合に出れなかったら?

サッカー、アメフト、バスケ、バレー、いろんなチームプレーがあって

本来、子供たちは体を動かすのが好き、その運動が好き、ボールで遊ぶのが好き、だったのではないですか。

それが、いつから大人の都合で試合に勝つことだけを強要されるようになったのか。

スポーツをするのは何の為?

試合に勝ちたいのは何の為?

勝てれば相手を怪我させても姑息な手段でも構わない。

金が動くから大人は金を追い求め、学生に勝つことを強要する。

そんなことで学生たちがやる気が起きるはずがありません。

大麻を吸うのは、そんなことに嫌気が差したからからではないのですか?

一生懸命に練習しているのに、認めもしない。

試合に勝てなければ人格否定をし続ける。

本来、スポーツにせよ何にせよ。

何かに打ち込んでいると、集中すると「何かが生まれる」

その何かが宝だから、頑張るのでしょう?

自分を豊かにする、自分が豊かになると周りも豊かになる。

勝ち負けだけの勝負マシーンを育てて満足だなんて、指導者、教育者の器が張りぼてだとわかります。

真の教育者、指導者は、その子の「成長」の為に試合を勝ちに持っていく。

本末転倒していることを保護者は認識し、その間違いを突き付けるべきです。

だから、日大アメフト部でも大麻使用の内部告発が保護者からあったと読んだ。

ばれなきゃいいや。

これを指導者や監督が思っているわけですから、まるで、女衒じゃないかと思うほど。

教育者の人格崩壊が起きている今、

心ある人間が子供たちを守るために動くべき。

ボールが弾むってことは、心が弾むってこと。

楽しい!嬉しい!気持ち良い!

これが人が動く原動力のはず。

私は、高校生の時、母から「親戚を見返すために良い大学に行ってくれ」と言われて心が萎えました。

勉強する気どころか無気力になりました。

子供を何かの道具にして楽しいですか?

親は、子供の心が弾む為の最大の味方でなくてはいけません。

しかし、自分が心を真ん丸にして満たされていないと子供を利用する毒親になってしまいます。

だから、いつもいかなる時も自分を愛して心を真ん丸に。

UnsplashAnna Pavlin

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