神様との会話

数年程前、ある時、いつも同じ時間に参拝にいらして、懸命に祈り、深々と礼をして

立ち去る方のお姿が、来る日も来る日も、また来る日も続きました。

常日頃から、願いが叶う人と叶わない人がいるが、

一体、何が違うのだろうと考え続けていました。

何を祈っておられるかは、わかりませんが、懸命に祈っておられるのは

傍から見てもわかりました。

私 「神様、この方の願いを叶えてあげてくださいませんか?」

神 「じゃあ、お前は何を差し出すのかの?」

私 「アニメ 鋼(はがね)の錬金術師で言ってた、等価交換ってやつね。

   では、私の命を差し出しましょう。」

神 「お前の命は、お前のものではないじゃろう。」

私 「では、私の体を」

神 「お前の体は、お前のものではないじゃろう。」

私 「では、私の魂を」

神 「お前の魂も、お前のものではないじゃろう」

神は私に願いを聞き届けるのに「何か」を求めているが、

それが何かわからない。もちろん、教えてはくれない。

自分の体も、命も魂も、元はと言えば神から生まれたもので、私の所有では無い。

でも、毎日、懸命に祈るあの方の願いを叶えたい。

数日か、数週間か考え続け、再度、神様と会話する。

私 「神様、私は、どうしても、人の願いを叶えたい。」

神 「どうしてもか?」

私 「はい、どうしても、何としても」

神 「では、そのお前の叶えたいという思いをいただくとしようかの」

神が受け取ったのは、私の「思い」でした。

そして、その方のお姿を見かけることは無くなりました。

願いが叶ったのでしょうか・・。

京都アニメーション制作のアニメ「ムント」の中の言葉

「この世界は、人の思いで出来ている」

本当に、そうだと思いませんか?

伝えたいこと。

奇跡を起こすのは、神では無く、

奇跡を起こすのは、人です。

いや、正確に言うなら、人の思いが神を動かし奇跡を起こす。

人と神との共同作業です。

「思いの力」の大きさが、可能性をこじ開ける。

自分の思いが世界を作り、未来を切り開く。

あなたは、自分の持つ可能性の大きさに気づいていますか?

UnsplashZoltan Tukacsが撮影した写真